消費税増税を明言
菅氏、石破氏、岸田氏の3名の自民党総裁選候補者。次期首相となった菅氏は、その答弁の中で、他の2人とは異なり、少子高齢化と人口減少に耐えられないため、増税せざるを得ないと発言した。
もちろんこの発言に国民は阿鼻叫喚。Twitterでは消費税の増税に関するワードがトレンド入りし、怒りと呆れが飛び交った。それも当然だろう。帝国データバンクによると、コロナウイルス関連倒産は9月に入って累計500件以上。総務省の労働力基本調査によれば、2020年7月現在で完全失業者数は約197万人(前年同月比41万人増)。新型コロナウイルスによる解雇や雇い止めは5万人以上、2020年5月以降、毎月1万人が失業しているという惨状である。
(FNNニュースより)
それどころではない。完全失業者には「休業者」(解雇されていないが仕事はしていない人)は含まれておらず、就業者の方に含まれている。休業者は4月時点で就労者の1割程度、つまり600万人近くいる。これは事実上の失業者予備軍になりかねない。言うまでもなくコロナ禍は長期化の様相である。そうすると、今後、数百万人単位の人が失業する可能性がある。この状況下で増税を口にしたのだから、菅氏は凄いとしか言いようがない。
膨大な借金大国、金のない日本
「こんな時に増税なんて狂気の沙汰だ」と叫びたくなる気持ちはよく分かる。しかし、日本は先進国の中で稀に見る借金大国なのである。有名な財務省のページを見れば一目瞭然、日本の借金額はアメリカやイタリアをも比較にならない、GDPの2倍以上ある。
(財務省「日本の借金を諸外国と比べると」より)
もちろん日本には資産も670兆円以上あり、国の借金である国債は9割方日本人が買っているので大丈夫だという考えもある。しかし、少子高齢化が驚くほどのスピードで進んでいる昨今の状況では、年金や健康保険など、社会保障費の金額は30年で24兆円も上昇している。
特に年金については、受給者である老人が増え、その財源を支払う側である労働者の人口は減り続け、この傾向は止まらない。当然、財源が足りないので、ここでも国債が発行されている。こんなことが続けば日本の社会保障制度は盤石とは言いづらく、結果的に増税も2014年と2019年の二度にわたり行われた。
最悪のタイミングでのコロナ禍
そんな矢先に、新型コロナウイルスが日本経済を奈落の底に叩き落した。冒頭でも述べたように多くの企業が廃業し、多くの失業者が生まれている。また、こういった経済的ダメージを軽減するため、政府は膨大な給付金を支払った。財務省の令和2年度予算を見れば明らかだが、話題となった全国民一人当たり10万円の給付だけでも12兆8803億円。真水の金額はもっと少ないものの、コロナ対策全体の事業規模としては、過去最大の233兆円強という驚きの規模である。
令和2年度補正予算第一弾(財務省)
新型コロナウイルス緊急経済対策(総額) 以下内訳 | 25兆5,655億円 |
---|---|
感染拡大防止、医療体制整備、治療薬開発 (支援交付金、マスク配布・生産、アビガン他治療薬の開発) | 1兆8,097億円 |
雇用の維持と事業の継続 (雇用調整助成金:690億円、企業への資金繰り対策・給付金:6兆1,492億円、全国民への10万円給付:12兆8,803億円、子育て世帯への給付金:1,654億円) | 19兆4,905億円 |
経済の回復 (Go Toキャンペーン:1兆6,794億円) | 1兆8,482億円 |
強靱な経済構造の構築 | 9,172億円 |
今後への備え | 1兆5,000億円 |
令和2年度補正予算第二弾(財務省)
新型コロナウイルス対策関係経費(総額) 以下内訳 | 31兆8,171億円 |
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雇用調整助成金の拡充 | 4,519億円 |
資金繰り対応の強化 (企業への融資拡充:9兆2,695億円) | 11兆6,390億円 |
家賃支援給付金 | 2兆242億円 |
医療提供体制強化 (医療、介護などへ支援交付金:2兆2,370億円、マスク配布、ワクチン・治療薬開発) | 2兆9,892億円 |
その他の支援 (地方創成臨時交付金の拡充:2兆円、持続化給付金強化、低所得ひとり親世帯への給付:1,365億円) | 4兆7,127億円 |
予備費 | 10兆円 |
もちろん給付額が十分でないとか、手続きが遅いといった問題も多々あった。しかし、借金まみれの日本が、さらにこれだけの膨大な支出を見込んでいるのである。同じく財務省の資料から明らかなように、国の歳出も、国債発行額も、公債残高も今年は跳ね上がっているのがよく分かるはずだ。
国の一般会計歳出、国債発行額、公債残高(単位:兆円)
年 | 一般会計歳出 | 国債発行額 | 公債残高 |
---|---|---|---|
平成23 | 100.7 | 176.2 | 670 |
平成24 | 97.1 | 177.5 | 705 |
平成25 | 100.2 | 164.3 | 744 |
平成26 | 98.8 | 172.0 | 774 |
平成27 | 98.2 | 163.9 | 805 |
平成28 | 97.5 | 167.9 | 831 |
平成29 | 98.1 | 152.0 | 853 |
平成30 | 99.0 | 148.3 | 874 |
令和元 | 104.7 | 154.9 | 898 |
令和2 | 160.3 | 253.3 | 964 |
給付金の大盤振る舞いは増税と引き換え?
国の借金にあれほど敏感な財務省が、この状況をそう簡単に容認するわけがない。うがった見方をすれば、再度の増税をするのと引き換えに、これだけの支出を容認したとしか思えないのだ。そう、ある意味菅氏は正直だったとも言える。
アベノミクスの功罪
もう退任してしまった安倍元首相。コロナ禍での対応で、最後は何かと批判も浴びたが、それでも経済的には成果を残した部分もある。アベノミクスについては所々で多く書かれているため、ここでは詳細には触れなくても良いだろう。大まかに述べれば、異次元の金融緩和による金融政策、公共投資による財政政策、民間企業の成長を促す成長戦略がいわゆる最初の「三本の矢」となり、その後の「新三本の矢」では子育て支援や社会保障の安定化が盛り込まれ、これらを総動員し、日本経済全体を浮揚させようとしたわけである。
事実、低迷していた日経平均株価は、2013年にはリーマンショック前の水準に戻り、2015年には2万円台を回復した。労働環境についても、ITバブル崩壊後やリーマンショック時の5%台という類を見ない高失業率から脱却し、2017年には失業率は2%台に戻った。就職率も改善し、2016年には大卒、高卒とも98%近くなり、正社員も増えていて、雇用を生み出していたのがわかる。今年はコロナウイルスの影響で数値は悪化したものの、名目GDPも労働人口も確かに増加していた。
日本の完全失業率と従業者数(※)
年 | 完全失業率(%) | 従業者数(万人) |
---|---|---|
平成24 | 4.3 | 6,253 |
平成25 | 4.0 | 6,296 |
平成26 | 3.6 | 6,340 |
平成27 | 3.4 | 6,371 |
平成28 | 3.1 | 6,434 |
平成29 | 2.8 | 6,498 |
平成30 | 2.4 | 6,622 |
令和元 | 2.4 | 6,679 |
令和2(7月) | 2.9 | 6,612 |
(※)総務省統計局のデータより集計。2020年は7月の速報値を使用。また、就業者で集計すると休業者もカウントされるため、仕事に従事する従業者のみを計測している。
ただ、民間企業の成長については結果が伴わなかった。IMDの調査では日本の競争力は先進国ではあまりに低く、同じアジア圏の中国や韓国はおろか、マレーシアやタイにも及ばない。特にビジネスの効率、デジタルテクノロジーの評価は最低レベルという状態である。世界を席巻するGAFAのような企業が、日本からは一切誕生していないことからも明らかだろう。
世界の競争力ランキング2020年版(カッコ内は前年の順位)
1位 | シンガポール(1) | 21位 | アイスランド(20) |
2位 | デンマーク(8) | 22位 | ニュージーランド(21) |
3位 | スイス(4) | 23位 | 韓国(28) |
4位 | オランダ(6) | 24位 | サウジアラビア(26) |
5位 | 香港(2) | 25位 | ベルギー(27) |
6位 | スウェーデン(9) | 26位 | イスラエル(24) |
7位 | ノルウェー(11) | 27位 | マレーシア(22) |
8位 | カナダ(13) | 28位 | エストニア(35) |
9位 | アラブ首長国連邦(5) | 29位 | タイ(25) |
10位 | アメリカ(3) | 30位 | キプロス(41) |
11位 | 台湾(16) | 31位 | リトアニア(29) |
12位 | アイルランド(7) | 32位 | フランス(31) |
13位 | フィンランド(15) | 33位 | チェコ共和国(33) |
14位 | カタール(10) | 34位 | 日本(30) |
15位 | ルクセンブルク(12) | 35位 | スロベニア(37) |
16位 | オーストリア(19) | 36位 | スペイン(36) |
17位 | ドイツ(17) | 37位 | ポルトガル(39) |
18位 | オーストラリア(18) | 38位 | チリ(42) |
19位 | イギリス(23) | 39位 | ポーランド(38) |
20位 | 中国(14) | 40位 | インドネシア(32) |
実は貧乏になった日本人
アベノミクスには一定の成果があったものの、日本企業の成長にはつながらなかった。当たり前の話だが、多くの産業が発展しなければ、会社に勤める人たちの給料も上がらない。実際、多くの人は豊かさを実感してはいないだろう。
これは、実質賃金が上がっていないことが原因である。アベノミクスにより、経済全体の浮揚効果はあったものの、世界レベルで通用する成長産業などは育たなかった。おまけに物価は上昇し、二度も増税しているのである。名目上の各数値は上がっていても、国民が実際に使えるお金は減り続けており、生活は楽になるわけではなく、消費が活性化されることもない。給与額と実質賃金の伸び率を比べてみればよく分かる。名目賃金は上がっても、実質賃金は上がっておらず、むしろマイナスの方が多いのだ。
名目賃金と実質賃金の推移(前年比%)
年 | 名目賃金(現金給与総額) | 実質賃金(総額) |
---|---|---|
平成24 | -0.8 | -0.8 |
平成25 | -0.2 | -0.7 |
平成26 | 0.5 | -2.8 |
平成27 | 0.1 | -0.8 |
平成28 | 0.6 | 0.8 |
平成29 | 0.4 | -0.2 |
平成30 | 1.4 | 0.2 |
令和元 | -0.3 | -0.9 |
令和2(5月) | -2.3 | -2.3 |
毎月勤労統計調査 令和2年7月分速報より集計。2020年はコロナウイルスの影響が最も大きかった5月の数値を参照。
貧富の差の拡大
しかし、アベノミクスで株価は上昇した。この恩恵を受けた人たちもいる。そう、多くの資産を持ついわゆる富裕層たちは、この間により豊かになっているのである。野村総研のデータを見てみよう。
2006年に第一次安倍内閣が始まったが、アベノミクスが本格的に始動したのは、第二次安倍内閣が発足した2012年頃からである。そこで野村総研のデータを2011年(平成23年)から追ってみると、徐々に富裕層の数が増え、全世帯の資産のうち、富裕層の資産が占める割合が増えているのがわかる。
富裕層の世帯数と資産額及び全体に占める割合
年 | 富裕層世帯数(※) | 比率(%) | 富裕層資産額(※) | 比率(%) |
---|---|---|---|---|
平成12 | 83.5万 | 1.8 | 171兆 | 16.4 |
平成23 | 81万 | 1.6 | 188兆 | 16.5 |
平成25 | 100.7万 | 1.9 | 241兆 | 18.7 |
平成27 | 121.7万 | 2.3 | 272兆 | 19.4 |
平成29 | 126.7万 | 2.4 | 299兆 | 19.4 |
(※)保有金融資産額5億円以上の超富裕層と、保有資産額1億円~5億円未満の富裕層の数値を合算
そして2017年(平成29年)時点では、富裕層に定義される上位2%程度の人たちが、全世帯の資産の2割近くを保有しているのだ。しかも2000年(平成12年)と比較するとよく分かるが、超富裕層の資産は倍増している。つまり、貧富の差が拡大しているのだ。
貧困層はますます貧困に
再度言うが、このような状況の中で、菅氏は消費税の増税を明言した。もちろん前述のとおり、日本の借金が膨大で、強烈な少子高齢化社会の到来に備え、社会保障を維持するためという意図なのであろう。しかし、消費税には逆進性がある。つまり、低所得者ほど負担になる。
しかもこのコロナ禍で、生活に苦しむ人は激増するはずだ。ますます消費は落ち込み、経済の回復は遠のくのは間違いない。たしかに所得税のように累進課税としてしまうと、富裕層は日本から逃げ出してしまう可能性もある。しかし、生活に困る人をより追い込む形となる消費税の増税は、いっそう日本の先行きを不安にする。
今度選ばれた閣僚たちも、党内のパワーバランスに配慮したのが明らかであり、おまけに諸外国と比べると、あまりに高齢な人たちばかりで、これで新風が吹くとは考えづらい。菅氏は「自助、共助、公助、そして絆」と述べた。何もかも公助に頼るのも良くないが、ただでさえ借金にあえぎ、先行きも不安な日本で「自助」の名の下に弱者が切り捨てられはしないのだろうか。
リーマンショック時の派遣村を覚えている方もいらっしゃるだろう。今回のコロナウイルスによる被害は、経済的にもリーマンショックの比ではない。多くの人が失業し、税金にも苦しむようなことになれば、この時と同じ風景が日本各地で散見される可能性がある。一刻も早いコロナウイルスの終息を願うばかりである。